住職のショートショート:エピソード42「記憶」

記憶

人の寿命が延びて高齢者が多くなり、今までにない新たな問題が生まれてきてます。
老々介護やヤングケアラー(20歳前後の方が高齢者を介護する)など、
また介護疲れによる事件のニュースも聞くことがあります。

檀家さまのある方がなんだか嬉しそうに私に話されました。
「兄弟姉妹で親の介護をしてますが、認知症の親は他の兄弟の名前は
みんな忘れてしまいましたが、私の名前だけは覚えてくれてる。」
ところが数ヶ月後「娘の私の名前も忘れられました…」と、
とても情け無いような、怒りとも取れるような言葉を私に投げかけられました。

私の母も認知症と診断されていました。
母の言葉や振る舞いは、周りから受け入れられず、
興奮して大きな声を出して叫び、身近にあるものを投げたりしました。
そこで私は、母がおかしなことを言っても傾聴し、
否定せずに全部受容していくことにしました。
すると母はだんだんと穏やかになっていきました。

ある日の夕方、母は「これから実家に帰ります」と出て行きました。
「じゃあ一緒にいきましょう」と私は背後からついていきました。
ゆっくりした足取りでしばらく歩くと、どちらに向けて歩いてよいのかわからない様子です。
私は「今日はもう日が暮れてきたから、また明日にしてはどう?」と声をかけてみました。
母は「お前は誰?」と、私のことがわからないようでした。
それでも危害を加えるものではないと判断したようで、私に従って家に帰って来ました。
私の母は私の名前を忘れてしまいましたが
「これが認知症なんだ」と、素直に受容れることが出来ました。

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